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安倍総理の安保法制に関する説明について思うこと

 去る7月15日に衆議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で集団的自衛権の行使を含む安全保障法案が強行採決され、日本中を大きく騒がせています。
この安保法制における安倍総理のテレビや国会での説明について、私自身の考えを書かせて頂きます。

 一言で言うと、安倍総理がわかりやすく説明しようとする事例は、議論のすり替えでしかありません。
 先ず安倍総理は集団的自衛権について、アメリカの“離れ”が火事になった時、それを日本の自衛隊が一緒に消火するのが、集団的自衛権であると説明していました。
しかし、集団的自衛権は、国と国の問題で、それを単なる「火事」「消火」という事象で置き換えることは無理があります。また、武力の衝突に至る背景には、それぞれの文化や宗教などがあり、単なる火事であれば、消火しようと思えばたいていのものは消せますが、戦争、紛争になれば、武力で鎮圧しようとしても、長期化し、結果、現在の中東のようにその地域が以前より不安定になるということもあります。
武力の行使の問題を、消火活動と同じような扱いをして国民が納得するはずもなく、結果的に、安倍総理への不信感が増幅したと言えます。

 また、安倍総理は「戸締り」という表現も使いました。「備えあれば憂いなし」といいますが、集団的自衛権というのは、武力行使の拡充であって、「戸締り」の話とは性質が全く違います。「戸締り」であれば、相手側はただ警戒するだけですが、武力の行使の範囲を広げれば、相手はこちらの武力を上回る装備をするというのが抑止力のジレンマです。集団的自衛権行使は、他国に過剰な反応を与え、武力の競争になってしまう恐れがありますが、安倍総理はそのような点には触れていません。こちらの例でも「戸締まり」などという表現をすることにより、国民が本来知るべきことを説明を避けていたと感じざるをえません。安倍総理は、これらの「火事」「戸締り」という事例を用いての集団的自衛権の説明し、さも説明責任を果たしているように言っていますが、内容は話のすり替えで、結果的に、本来議論すべき問題を回避しているようにしか見えませんでした。

 今回の安保法制が最終的に可決されれば、日本の「平和ブランド」というものが失われ、これまで多くの日本人が行ってきた、人道支援活動などにも大きな影響が出てくると考えられます。
今後、この安保法案参議院に送られことになります。政府は、審議時間を稼いで、説明責任を強調していくと考えられますが、まだ問題は山積みです。
私は政党所属の区議会議員として今後も区民の皆様の国政に関するご意見もお聞きしていきます。